こころの話

人に伝えるためには

あなたは上手に文字を書くことができますか。

手書き文字がワープロに変わり、手紙が電子メールに変わった今日
さて、あなたは上手に文字を書いているでしょうか。

と、考えることは実はよくあることじゃありませんか。
いきなり自分で手書きをしなくてはならない場面になったとき
  いやぁ、参ったな、漢字も出てこないし、字は下手だし…
なんて体験、だれでもありますよね。

私は二十歳でちょっと異質な業界に入りましたが、
そこは大変厳しい徒弟制度の世界でした。

その仕事はテレビや映画の現場で撮影した詳細を編集部へ伝えること。
つまり、現場を知らない仕上げの部署に、撮影意図や監督の指示、
使用したフィルムの尺数から、NG、OKカットの整理、音の状況…
あらゆることを毎日、紙に書いて伝えなくてはいけませんでした。

これはね、超ハードですよ。
当時はビデオ撮影ではないのでモニターもありません。
何が映っているかはキャメラマンしかわからない、
現像されたフィルム何かが間違っていれば、取り返しがつかない。

だから、編集部に送る毎日の「紙」はあらゆる情報の詰まった
大切なものでした。
それを書くために撮影中は毎日のように徹夜をしたものです。

それこそ、OKとNGをひとつ間違えれば全部ずれてしまい、
大変なことになるし、監督の意図を取り違えれば編集が変わります。
その重圧の中で、紙一枚に思いを込めて一生懸命書いたものでした。

この仕事を 記録(スクリプター)と言います。
これは撮影所によって流派的なものがあり、結構違うのですが
伝える、という根本はもちろん同じ。

ベテランの記録さんで、文字には頓着せず、
  編集マンに伝える暗号でいい
と、傍からは読めないような文字を書く方もいらっしゃいました。

が、我が師匠は違いました。
とにかく、丁寧に書くこと、その「紙」を大切にすること、
折り目がついていたり、消しゴムのかすが着くなどもってのほか。

現場が命がけで撮ったものを、この紙一枚でしか知り得ない部署に
きっちりと無駄無く正確に伝える、みっちりと仕込まれました。

そんな訳なので、その紙一枚でそのカットが目に浮かぶように、と、
アップならアップらしく、短いなら短いらしく、表現力を求められ…
(ああ、今全然生きてませんねぇ、反省っっっ)

もちろん、受け取る側もいろいろです。
ベテランの編集マンで、そんな紙は見ない、という方もいらした…
(悔しかったですがね、なんとか振り向かせようとしたものです)
でも、ある編集マンは、駆け出しの私に言いました。

  お前は字が下手や、
  だからこそ、丁寧に、人に伝わるように書け

これは30年経った今も、私の大事な言葉です。

そして今ね、これは文字だけのことじゃなかったんだ、
と、思うようになりました。

人に伝えることが苦手な私、
だからこそ、丁寧にやればいいんだ、ってね。

確かに暗号でも記号でもいいのかもしれません。
ある人には多くの言葉より、たったひとつの仕草で伝わるかも、
ある人にはひとつひとつじっくり語ることで伝わるのかも、
要はそこに、伝えようという気持ちがどれだけあるか、ですよね。

自分の苦しい気持ちを知ってほしい
自分の嬉しい気持ちを聞いてほしい
一緒に喜んでほしい
ちょっとだけでも慰めてほしい

近くにいる人にほど、上手に伝えられなかったりしませんか。
家族だからと安心していて、雑な伝え方をしていませんか。

本当に伝わっているかな
本当に伝えるために、自分は心を込めて、丁寧に書いているかな

伝わらないことを、相手に無理強いしていないかな
(そして、自分も、しっかり受け取っているかな)

ちょっと自分の「紙」の中身を振り返ってみるとね。
誤字脱字に気づくこともあるかもしれない。
それを訂正してみれば、今度はちゃんと伝わるかもしれない。

自分の字の下手さをすっかり忘れてしまっていた今、反省を込めて
きれいな既製品の文字で書いてみました。

この記事は、2011年7月26日(火)にFC2ブログに投稿したものを編集しています。

投稿者

tokyomatsuzaki@gmail.com
サイト管理人です。

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こころの許容量

2021年1月6日